はじめに
ほとんどの人は人生を戦い(バトル)だと考えていますが、それは戦いではなく、ゲームです。 しかしながら、このゲームはスピリチュアルな(霊的な)法則を理解することなしには、成功裏にプレイすることはできません。旧約聖書と新約聖書には、このゲームのルールが驚くほど明確に記されています。イエス・キリストは、人生とは「与えることと受け取ること」という壮大なゲームであると教えました。
「人が蒔いたものは、その人が刈り取ることになる」。これは、人間が言葉や行動によって世に送り出したものは、必ず自分自身に戻ってくるということを意味します。自分が与えたものを、その人は受け取ることになるのです。
もし憎しみを与えれば、憎しみを受け取ることでしょう。もし愛を与えれば、愛を受け取ります。批判を与えれば批判を、嘘をつけば嘘を、騙せば騙されることになります。また、私たちは「想像の力(イマジネーション)」が人生というゲームにおいて決定的な役割を果たすことも教えられています。
「何にもまして、あなたの心(イマジネーション)を守れ。そこから命の流れが湧き出るからである」(箴言 4:23)。
これは、人が心に描くイメージは、遅かれ早かれ、その人の人生の外的な事柄として現れるということを意味しています。私は、自分の心の中に特定の病気を恐れるイメージを持ち続け、実際にその病気になってしまった男性を知っています。
ですから、人生というゲームを成功させるためには、想像の力を訓練し、善のみを描くようにしなければなりません。心の中に、健康、富、愛、友人、完璧な自己表現、そして最高の理想といったイメージを絶えず描く必要があります。
第1章:ゲーム
人間の心には、三つの領域があります。潜在意識(サブコンシャス)、顕在意識(コンシャス)、そして超意識(スーパーコンシャス)です。
潜在意識とは、いわば単なる「力」です。蒸気や電気のように方向性を持たない力であり、命じられた通りに働きます。それ自体に意思決定の権限はありません。 人が潜在意識に深く感じさせたもの、あるいは鮮明にイメージさせたものは、何であれ客観的な世界において現実化されます。それは心の奥底にある脚本を忠実に再現する録音機のようなものです。したがって、潜在意識にどのような印象を与えるかが、その人の運命を決定づけると言っても過言ではありません。
顕在意識は、いわば「理性的な心」です。これは人間の目に見えるままの世界を捉えます。死、災害、病気、貧困、制限といった現象を観察し、それを潜在意識に印象づけてしまう傾向があります。
超意識は、人間の内側にある「神の心」です。それは完璧なアイデアが眠る領域です。そこには、プラトンが「神聖なデザイン」と呼んだものが存在します。それぞれの人のための「完璧な計画」がそこにはあるのです。
「あなたの目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちのために用意された」。
この完璧な計画、すなわち「神聖なデザイン」は、通常、インスピレーションという形で、その人の意識に届きます。
ある女性が私を訪ねてきて、「自分の人生を整えてほしい」と言いました。私は彼女に、次のような言葉(アファメーション)を唱えるように伝えました。
「無限の知性よ、私の人生における神聖なデザインを今すぐ明らかにしてください。私が今手にすべき富、健康、愛、そして完璧な自己表現を、私の前に現してください」。
私は、特定の何かを力ずくで実現させようとしないよう彼女に助言しました。ただ、彼女のためにすでに用意されている完璧な計画を、超意識から引き出すように促したのです。
無限の知性(神)に対して具体的な要求を行うとき、私たちは強力な法則を動かしています。しかし、その答えを受け取るためには「信じること」が不可欠です。
「あなたが祈り求めるものは何でも、すでに受け取ったと信じなさい。そうすれば、その通りになるであろう」。
潜在意識に正しい印象を与えるためには、単なる願いではなく、確信が必要です。恐怖や疑念は、その道を塞いでしまいます。
ある女性が、多額の借金があるにもかかわらず、その借金がすでに支払われたかのように振る舞い、感謝の気持ちを持ち続けたところ、予期せぬ場所からお金が届き、すべてが解決したという事例があります。
潜在意識は私たちの言葉や思考をそのまま受け取ります。ですから、「私は一文無しだ」とか「私は運が悪い」といった言葉は、自らその状況を招き入れていることになります。
言葉こそが、私たちの人生を形作る最も強力な道具なのです。
「あなたの言葉によって、あなたは義とされ、あなたの言葉によって、あなたは罪とされる」。
多くの人が、不注意な言葉によって自らの人生に災難を招いています。ある女性は、絶えず「夫が自分を捨ててどこかへ行ってしまうのではないか」と恐れ、それを口にしていました。その結果、潜在意識はそのイメージを忠実に再現し、彼女の恐れは現実のものとなってしまいました。
もし彼女が、神聖なデザインに基づく完璧な愛のイメージを保持し続けていれば、結果は全く違ったものになっていたでしょう。
このように、人生というゲームは「心の反映」です。外側の状況を変えたければ、まず自分の内側のイメージと、潜在意識に刻み込む言葉を変えなければなりません。
第2章:繁栄の法則
「神こそが、私の尽きることのない、すぐそこにある供給源です。感謝します」。
繁栄(プロスペリティ)の法則を理解するためには、まず「神(宇宙の知性)」があらゆる供給の源であることを知らなければなりません。
私たちが目にしている銀行口座や給料袋は、供給の「経路(チャネル)」に過ぎず、源そのものではありません。源泉が唯一であることを知るとき、たとえ特定の経路が閉ざされても、私たちは動揺しなくなります。
「一つの扉が閉まれば、神は別の扉を開けてくださる」のです。
非常に重要な取引を逃しそうになり、焦燥感に駆られていたある実業家がいました。私は彼にこう伝えました。「神に失敗はありません。もしこの取引があなたにとっての神聖なデザインの一部であるなら、必ず実現します。もしそうでなければ、もっと素晴らしいものが用意されています」。彼はこの言葉を受け入れ、心を落ち着かせました。すると数日後、その取引は無事に成立しただけでなく、当初よりもさらに有利な条件へと変わっていたのです。
繁栄を引き寄せる鍵は、「富の意識」を持つことです。不足や欠乏を恐れる心は、実際に不足や欠乏を人生に招き寄せます。
反対に、たとえ手元にわずかなお金しかなくても、それを豊かな「種」として祝福し、感謝して使うとき、そのお金は増大して戻ってきます。
「与えよ、さらば与えられん」。
これは単なる道徳的な訓戒ではなく、宇宙の数学的な法則です。惜しみなく与える人は、宇宙の豊かな循環の中に身を置くことになります。
また、繁栄を妨げる大きな要因の一つは「嫉妬」です。他人の成功を羨むことは、自らを豊かさの潮流から切り離すことにつながります。他人の成功を自分のことのように喜ぶとき、あなたは自分自身の繁栄をも祝福していることになるのです。
神聖なデザインには、すべての人に行き渡る十分な供給が含まれています。誰かの取り分が多いためにあなたの分がなくなる、といったことはあり得ないのです。
私たちは常に、「私は今、神聖な権利によって、無限の供給を受け取っています。感謝いたします」という意識で生きるべきです。
どうしても新しい家が欲しかった、ある貧しい女性の事例があります。彼女は毎日窓辺で「この家はすでに私のものです。神様、ありがとうございます」と唱え続け、実際にその家を掃除するイメージを持って過ごしました。やがて彼女は、全く予想もしなかった相続によって、その家を手に入れることになったのです。
これが、信仰によって実体を引き出す方法です。
「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することである」。
目に見える証拠が何もないときでも、心の中でそれを「すでに手に入れた」と認めるとき、潜在意識はその実現に向けてすべての力を動員し始めます。
繁栄とは、すなわち「心のあり方」に他ならないのです。
第3章:言葉の力
「あなたの言葉によって、あなたは義とされ、あなたの言葉によって、あなたは罪とされる」(マタイ 12:37)。
言葉は「光」であり、同時に「両刃の剣」でもあります。私たちが何気なく発する言葉の一つひとつが、人生の輪郭を決定しているのです。
言葉を知的に使いこなす人は、自分の運命の主人です。
ある女性が私に、「私はいつもバスに乗り遅れることを恐れており、実際にいつも乗り遅れてしまうのです」とこぼしました。私は彼女に「乗り遅れる」という言葉を完全に封印し、代わりに「私は常に神聖なタイミングで、必要な場所に到着します」と言うようアドバイスしました。彼女がこの新しい言葉を使い始めると、バスはまるで彼女を待っていたかのように現れるようになりました。
言葉は、潜在意識という「肥沃な土壌」に蒔かれる種です。
否定的な言葉、例えば「できない」「無理だ」「お金がない」「疲れた」といった言葉は、その通りの現実を芽吹かせてしまいます。一方、「私は豊かです」「私は健康です」「私は愛されています」「あらゆる道は開かれています」という言葉は、素晴らしい現実を創造します。
特に注意すべきは、冗談で自分を貶めるような言葉です。潜在意識は「冗談」を理解しません。それはあなたが発した言葉を真実として受け取り、そのイメージを定着させようとします。
ですから、自分を不運だと言ったり、貧乏だと言ったりすることは、たとえ冗談であっても、非常に危険な行為です。
また、怒りに任せて他人に投げかける言葉も、ブーメランのように自分に戻ってきます。他人に呪いの言葉を投げかければ、その呪いはあなた自身の人生のどこかに影を落とします。
言葉の力を正しく使うためには、まず沈黙を学ぶことが重要です。無駄なお喋りや不平不満をやめ、自分の言葉が建設的であるかどうかを常に確認してください。
アファメーション(肯定的な断言)は、潜在意識を再構築するための極めて有効な手段です。
「私は今、神聖な権利によって、人生における完璧なギフト(贈り物)を受け入れます」。
この言葉を毎日繰り返すことで、あなたの意識は豊かな成功の周波数に調和していきます。
言葉とは、目に見えない世界から実体を引き出すための「命令」に他なりません。宇宙はあなたの言葉を聞き、それを実現させる準備を常に整えているのです。
「光あれ」と言えば、そこに光が現れるのです。
第4章:非抵抗の法則
「悪に抵抗するな。むしろ、悪に打ち勝て」。
この地上の多くの人が、抵抗(レジスタンス)によって自分の問題を悪化させています。あなたが抵抗するものは、あなたの人生に居座り続けます。なぜなら、抵抗することは、その問題に大きなエネルギーと重要性を与えてしまうことだからです。
非抵抗の法則とは、不都合な状況に対して戦うのをやめ、それを「神(大いなる力)の働き」に委ねることです。
嫌な上司に悩まされていた、ある女性の例があります。彼女は毎日その上司への不満を募らせ、抵抗し続けていました。その結果、状況は悪化する一方でした。 私は彼女に「その上司を祝福し、彼の中にも宿る神性を認めなさい。そして、自分にとって完璧な職場環境を愛を持ってイメージしなさい」と助言しました。
彼女が抵抗をやめ、上司への愛と祝福の言葉を送り始めると、数週間もしないうちにその上司は別の部署へ異動となり、彼女は新しく現れた、非常に理解のある上司に恵まれることになりました。
彼女が上司と戦うことをやめたとき、宇宙の調和が働き出したのです。
私たちは、自分を苦しめている人物や状況を「敵」と見なすのをやめなければなりません。それらは、私たちが内面で学ぶべき教訓を映し出している鏡に過ぎないからです。
「あなたの敵を愛しなさい」。
これは、嫌いな人を無理に好きになれという意味ではありません。不都合な状況に抗って自らの心の平安を乱すのをやめ、調和の力に全幅の信頼を置きなさい、という意味なのです。
もし欠乏に直面しているなら、その欠乏と戦ってはいけません。不足を嘆く代わりに、豊かさへの感謝を表明してください。
「私は、この不調和な外見に惑わされません。神が私の人生において完璧に働いておられることを知っています」。
この非抵抗の姿勢こそが、奇跡を引き起こす土台となります。嵐の中にあっても、内面で静寂を保ち、結果を確信している人には、波風は届きません。
「静まって、わたしが神であることを知れ」。
あなたが静かになり、抵抗を捨てたとき、神聖な知性があなたの代わりに問題を解決してくれます。あなたは、宇宙で最も強力な力である「愛と平和」の側に立つのです。
第5章:カルマの法則と許しの法則
カルマ(業)の法則は、原因と結果の法則です。
「人は蒔いたものを、そのまま刈り取ることになる」。
私たちが過去に発した思考、言葉、行動はすべて原因となり、現在の人生に結果として現れています。これは避けがたい法則のように思えますが、実はそこには「許し(フォギブネス)」という、カルマの法則を超越する、より高次の法則が存在します。
許しの法則は、恩寵(グレース)の法則とも呼ばれます。
スピリチュアルな教えの神髄は、人間はもはやカルマの奴隷ではないという点にあります。真の許しは、過去に蒔かれたあらゆる不適切な種の結果を、瞬時に無に帰する力を持っています。
過去の金銭的な失敗により、絶えず罪悪感に苛まれていた男性がいました。彼は「自分は罰を受けなければならない」と潜在意識に強く印象づけていたため、何度再起を試みても失敗を繰り返しました。
私は彼に、「神はあなたを罰していません。あなたが自分自身を罰しているのです。過去の自分を許し、今この瞬間に新しい自分として生まれ変わりなさい」と伝えました。
彼が自分自身を心から許し、「私は恩寵の法則のもとにあります。カルマの束縛から自由です」というアファメーションを唱え始めたとき、彼の運命は劇的に好転しました。
他人を許すこともまた、自分自身を解放するために不可欠です。誰かを恨み続けているとき、あなたはその人物とネガティブなエネルギーの鎖で繋がれており、その人のカルマに巻き込まれてしまいます。
「主よ、彼らを許してください。彼らは自分が何をしているのか知らないのです」。
この言葉は、相手のためだけでなく、自分自身を守るための最強の盾となります。相手の無知を理解し、愛を持ってその鎖を断ち切るとき、あなたはカルマの領域から脱出し、スピリチュアルな自由の領域へと足を踏み入れるのです。
過去の失敗、悲しみ、後悔をいつまでも引きずってはいけません。
「前のことを思い出すな、昔のことを考えるな。見よ、私は新しいことを行う」。
神は常に「今」に存在します。あなたが自分と他人の過ちを許したとき、宇宙のすべての記録は白紙に戻り、あなたは神聖なデザインに基づく完璧な人生を、再び描き始めることができるのです。
第6章:重荷を降ろす(潜在意識への印象づけ)
「あなたの重荷を主にゆだねよ」。
人生において、自分の力だけで問題を解決しようとすることは、重い荷物を背負って険しい山道を登るようなものです。多くの人が、心配、不安、責任感という重荷に押しつぶされそうになっています。
「重荷を降ろす」とは、問題を潜在意識を通じて「神(内なる力)」に手渡すことを意味します。
ある女性が、子供の将来について非常に強い不安を抱えていました。彼女は夜も眠れず、子供を厳しく監視し、状況を自分の思い通りにコントロールしようとしていました。しかし、そうすればするほど、子供は反抗的になり、問題は悪化しました。
私は彼女に、象徴的な儀式を提案しました。紙に子供の名前と問題を書き、それを大きな聖書の中に挟み込みなさい、と。そして、「この問題は今、神の手に渡されました。私はもう心配しません」と宣言するように伝えました。
彼女がこの「重荷を降ろす」という精神的な行為を行った瞬間、彼女の心に信じられないほどの平安が訪れました。数日後、子供の態度は一変し、問題となっていた状況も自然な形で解消されました。
潜在意識に「私はもう心配していません。神が解決してくださいます」という強い確信を与えることが、解決への最短距離です。
重荷を降ろした後は、決してその荷物を「拾い直して」はいけません。つまり、再び心配したり、疑ったりしてはならないのです。
「私はこの問題を神に委ねました。完璧な答えが今、向かっています。ありがとうございます」。
このように宣言し、その確信の中に留まり続けてください。
潜在意識は、リラックスした状態のときに最もよく働きます。必死になって努力しているとき、私たちは顕在意識の制限の中に閉じ込められています。しかし、力を抜き、大いなる知性にすべてを任せたとき、無限のパワーが動き出します。
あなたは、自分の人生の重荷をすべて、内なる主に預けることができます。健康の悩み、お金の悩み、人間関係の悩み。それらすべてを「降ろして」ください。
そうすることで、あなたの心は軽やかになり、神聖な導き(インスピレーション)を受け取るためのスペースが生まれます。答えは常に、あなたが静かになったときに届くのです。
第7章:愛
「愛は律法の完成である」。
スピリチュアルな法則の中で、愛は最も強力な力です。真の愛とは、利己的な執着ではなく、相手の中にある「神性」を認める非個人的な愛のことです。
愛に満ちた心で生きる人には、いかなる害も及ぶことはありません。なぜなら、愛は最高の振動(バイブレーション)であり、低いレベルの否定的なエネルギーをすべて無効化してしまうからです。
自分の家をどうしても売りたいと思っていたものの、何ヶ月も買い手が見つからなかったある女性がいました。彼女は焦り、不動産業者や不景気を呪っていました。 私は彼女にこう伝えました。「あなたの家を愛し、次の住人となる人を祝福しなさい。その家が誰かにとって神聖な住処となることに感謝し、愛の光で家を満たすのです」。
彼女が不満をやめ、家と未来の買い手への愛を表明し始めたところ、わずか数日後に理想的な買い手が現れ、希望以上の価格で契約が決まりました。
愛は、すべての扉を開く黄金の鍵です。
あなたが誰かに愛されたいと願うなら、まずあなた自身が愛の存在にならなければなりません。欠乏感から他人の愛を求めることは、かえって相手を遠ざける結果を招きます。しかし、自らの内側にある神聖な愛と繋がり、それを世界に放射するとき、愛は磁石のようにあなたのもとへ引き寄せられてくるのです。
また、真の愛は「非抵抗」と密接に関係しています。愛は相手を裁きません。相手を思い通りに変えようともしません。ただ、相手のありのままを認め、祝福します。
「愛は寛容であり、愛は情け深い」のです。
愛はまた、健康の源でもあります。憎しみや恨みは細胞を毒しますが、愛の思考は全身を癒し、活性化させます。
自分自身を愛することも忘れてはいけません。自分の中に宿る神を尊重し、自分を大切に扱うとき、世界もまたあなたを大切に扱います。
あなたが愛を持って歩むとき、進む道は光り輝き、あらゆる障害は消え去ります。愛こそが宇宙を動かす根源的な力であり、あなたが愛を選択するとき、あなたは神と共にあるのです。
第8章:直感または導き
「あなたの心のすべての望みを、主にゆだねよ。主がそれを成し遂げてくださる」。
直感(インスピレーション)は、超意識から顕現意識へと届けられる「神の声」です。それはしばしば、理屈では説明のつかない、微かなささやきや、ふとした思いつきとして現れます。
人生というゲームをスマートにプレイするためには、この内なる声に従う能力を養わなければなりません。
ある特定の場所へ旅行に行くべきだという強い直感を感じた、女性の事例があります。彼女の顕在意識(理性)は「お金も時間もないから無理だ」と反対しましたが、彼女は「神の導きに不足はない」と信じ、直感に従う決意をしました。すると、予期せぬボーナスが支給され、休暇の許可もあっさりと下りたのです。旅先で彼女は将来のビジネスパートナーとなる人物と出会い、人生は大きく飛躍することになりました。
直感は、常にあなたにとって最短かつ最良の道を知っています。
直感を受け取るためには、常に「受容的(レセプティブ)」な心の状態を保つことが大切です。不安や心配で心が波立っているとき、私たちは神聖な無線メッセージを聞き逃してしまいます。
「主よ、私に次のステップを教えてください。私を導いてください」。
このように静かに問いかけ、答えを待ってください。答えは、本の一節、誰かの何気ない一言、あるいは突然の揺るぎない確信としてやってきます。
大切なのは、直感が示されたら、すぐに「行動」することです。直感に従うには、勇気が必要なこともあります。理性が「それはおかしい」と叫ぶかもしれません。しかし、直感の導きは常に、神聖なデザインへと繋がっています。
神聖なデザインは、あなたにとって最も幸福で、最も豊かな計画です。
直感はまた、あなたを危険から遠ざけてくれます。ふと「今日はこの道を通らない方がいい」と感じたり、「この約束はキャンセルすべきだ」と感じたりすることがあれば、その声に従ってください。
「あなたの内にある霊(スピリット)が、あらゆる真理へとあなたを導くであろう」。
あなたが直感を信頼し、それに従う練習を重ねるほど、その声はより鮮明に、より頻繁に聞こえるようになります。あなたは、宇宙の知恵という巨大な海と繋がっているのです。
第9章:完璧な自己表現または神聖なデザイン
「すべての人間には、その人にしかできない唯一無二の表現方法があります」。
それぞれの魂には、誕生する前から決められた「神聖なデザイン(完璧な計画)」が存在します。そこには、あなたがこの地上で何を成し遂げ、どのような喜びを味わうべきかがすべて記されています。
多くの人が不幸である理由は、他人の真似をしたり、社会の期待に応えようとして、自分の神聖なデザインから外れた生き方をしているからです。
完璧な自己表現こそが、人間の最高の幸福です。
ある男性は、本当は芸術家になりたかったのですが、家族の勧めで銀行員になりました。彼は仕事にやりがいを感じられず、慢性的な病気に悩まされていました。 私が彼に、「あなたの内なる情熱、すなわち神聖なデザインを解放しなさい」とアドバイスしたところ、彼は趣味で絵を描き始め、やがてそれが本職となりました。彼の病気は消え去り、かつてないほどの豊かさと成功が彼に訪れました。
あなたが心から情熱を感じることは、神があなたを通じて表現したいと願っていることです。
「無限の知性よ、私の完璧な自己表現のための道を今すぐ開いてください。私が持っているユニークな才能を、最高の形で活用させてください」。
このように宣言してください。あなたには、あなたにしかできない役割があります。
神聖なデザインには、あなたにふさわしい「場所」、あなたにふさわしい「仕事」、そしてあなたを待っている「報酬」がすでに含まれています。あなたがそれを引き出すのを、宇宙は待っているのです。
また、完璧な自己表現は、特定の職業に限定されるものではありません。母親としての役割、友人としての役割、あるいは日々の些細な振る舞いの中にさえ、神聖なデザインは現れます。
大切なのは、常に「ベストを尽くす」ことであり、自分の内なる光を輝かせることです。
あなたが自分の神聖なデザインに一致した生き方を始めると、必要なリソース、人々、機会は、まるで魔法のように自動的に整えられます。あなたはもう、成功するために苦労して戦う必要はありません。あなたはただ、自分自身であることの喜びを表現すればいいのです。
「あなたの光を人々の前で輝かせなさい」。
あなたがあなた自身の本質を表現するとき、あなたは宇宙全体を祝福していることになるのです。
第10章:否定と肯定
スピリチュアルな道において、否定(デニアル)と肯定(アファメーション)は、庭の雑草を抜き、種を蒔く作業に似ています。
否定とは、目に見える不都合な状況に対して「これは真実ではない。私に影響を与える力などない」と宣言することです。
「病気、貧困、不調和。これらは神の心の中には存在しません。したがって、私の世界においても実在しません。私はこれらに明確に『いいえ』と言います」。
これは事実を無視することではなく、その状況の「背後にある影の力」を認めない、という意味です。あなたが不都合な状況を恐れず、そのリアリティを否定したとき、その状況は生命力を失い、消え去っていきます。
そして、否定の後に必ず行うべきなのが「肯定」です。
「神は私の絶対的な健康です。神は私の無限の供給です。神は私の完璧な愛です」。
肯定的な言葉を唱えることで、あなたは空いたスペースに新しい、輝かしい種を蒔いています。
失業して困窮していたある人物がいました。彼は毎日「仕事がない」と嘆いていましたが、私は彼に、現状を否定し(「私の人生に不足など実在しません」)、理想の仕事を肯定するよう(「私は今、神聖なデザインによる完璧な仕事に就いています」)教えました。
彼はこの指示を忠実に守りました。周囲が不況だと騒いでいても、彼はその言葉に一切同意しませんでした。すると数週間後、彼は以前よりもずっと良い条件の仕事を見事に手に入れたのです。
肯定の言葉は、あなたの潜在意識という録音機に、新しいメロディを刻み込みます。
唱える言葉は、短く、力強いものが良いでしょう。 「すべての門は今、開かれています」。 「神の奇跡が私の人生に次々と起こります」。
また、肯定の言葉を唱えるときは、そこに豊かな「感情」を込めてください。冷たい言葉の繰り返しよりも、一瞬の熱烈な確信の方が潜在意識に深く響きます。
もし途中で疑念が湧いてきたら、すぐにその疑念を否定してください。「この疑念は偽りです。私には神の力が宿っています」。
人生というゲームにおいて、あなたは自分の心の劇場の「監督」です。否定によって不要な配役を排除し、肯定によって最高の配役を迎え入れる。
この作業を粘り強く続けることで、あなたの人生という舞台は、神聖な輝きに満ちた、素晴らしい成功の物語へと変わっていくのです。
「主は、私にすべてのものを与えてくださいました。今、私はそれを喜びと共に受け取ります。ありがとうございます」。